2014/03/16

いつか王子様が。

小さい頃、ディズニーのお姫様の物語を見ては、目がキラキラになっていた。
観ているだけで、どうしたことか自分がお姫様になったかのような気分になってしまうのである。ボタンホール的細目の日本女児の妄想は、毎度暴走していた。

ところがそれから20年の歳月が流れ、娘と一緒にお姫様物語を観ることになり、ショックを受けた。白雪姫、眠れる森の美女、アラジン、、どれをとってもお姫様はちょっと頭が弱く、家柄と美貌だけが取り柄なのである。そして、偶然出会った逆三角形の王子様に一目惚れされる。お姫様たちの世間知らずさ故に巻き起こった諸問題は、大勢の人たちに迷惑をかけるが、すべて王子様が命がけで解決。そしてお姫様自身は、特に何の努力をすることもなく(白雪姫や眠れる森の美女に至っては寝ているだけ)最終的に「結婚」という永遠の幸せを手に入れる、という流れなのである。
シンデレラも、要は美貌と魔法使いのおばあさんのお陰でうまくいく、玉の輿の話だ。

お姫様物語は、意外にも教育上あまり良くない。
特に長年シングルマザーだった私としては、問題解決を男性に頼るという点も、結婚が永遠の幸せとして描かれている点も非常に心配である。
更には「美しいから幸せになれる」という危険な刷り込みもある。

娘につい「こういう話を信じてはいけませんよ。」と言い聞かせたくなる一方で、お姫様はやっぱり女の子の憧れの的。。

女の子はいくつになっても、多かれ少なかれお姫様でありたいんだよね。

白馬に乗った王子様、お籠に乗ったお殿様、

お姫様を、よろしくね。


英語版 Sleeping Beauty - Once upon a Dream
 
日本語版 眠れる森の美女 - いつか夢で

フランス語版 La Belle au bois Dormant - J'en ai rêvé

2014/03/10

ホラー映画。




先日、日本に一時帰国していた夫と、山形は蔵王の山中にある山小屋に泊まりに行った。
山形が、一年で一番雪深い季節。スキーシーズン真っただ中だというのに、平日だからか、山小屋は閑散としていた。そんな場所で、夫は「今夜一緒に『シャイニング』という映画を観よう!」と言う。既にしっかりパソコンにダウンロードし、ポータブルスピーカーまで買ってきている。

『シャイニング』(The Shining)は、スタンリー・キューブリック監督の有名なホラー映画。

物語は、コロラドの山中にある大きないわくつきのホテルで繰り広げられる。
雪深く、冬期には閉鎖されるこのホテルに、期間限定の管理人として作家志望の男が妻子を連れて住み込み始める。しかしそのうち、この誰もいないホテルでは色々とコワいことが起こり始め、徐々に男も発狂し、どうにもならない状況に陥るものの、最終的には、謎を残しつつなんとか着地するというもの。

極度にホラー系のものに弱い私は、今こうして夜中にこの映画のストーリーを思い出して書いているだけでも、呪われそうな気がしている。観た後は、コワさの余韻がすごくて全く寝付けなかったが、夫はそんな私を笑い、自分は爆睡。
まあ、恐怖要素をさておけば、色々な比喩が込められ、映像も素敵で、キューブリック監督独特の世界観がある、オサレな映画だった。

私にとって、人生初のホラー映画。観終わって、次の点が気になった。

1) 死体がちょくちょく出てくる。解剖学者の養老孟司先生も言っていたが、実際には
   死体よりも、生きている人間の方がよっぽど危険なはずなのに、死体は怖い。
         腐敗すれば、受ける印象としての怖さはよりパワーアップする。
      「死」のイメージがもたらす恐怖感は強い。

2) 表情が読み取れない人物は、怖い。これも死体と同様で、"意思の疎通が不可能な
  相手"、"何を考えているのかわからない相手"を人は怖いと感じるかららしい。
  意味不明な笑みが恐ろしく感じられるのも、このせいか。

3) 人がいないはずの場所で人の気配がすることは、怖い。

4) もしバックミュージックが陽気なリズムであれば、恐ろしいシーンも
  恐ろしくはない。効果音の影響は大きい。
  
5) それが悪霊であるにしても嫁であるにしても、「操られる男」というものは
  哀れである。

6)「いきなり出てくる」のは、それが怖いものであってもなくてもビックリするので、
  怖い。ただし、死体や人の気配に対するそれとはまた違った種類の恐怖感である。

7)人間の表情は、白目が多くなればなるほど怖い印象になるが、完全な白目になると
  逆にどこかコミカルにも見える。逆に黒目がちだと可愛く見えるが、黒目がち
       過ぎても怖くなる。白目と黒目のちょっとしたバランスが、表情の印象を左右する。

ちなみに養老孟司先生は、死体には3種類あると書いている。



一人称の死体は自分なので、これを見ることはできない。


二人称の死体は、近しい人の死体なので、駆け寄る。


三人称の死体は、見ず知らずの人の死体なので、逃げる。


人間の感じる恐怖感とは、少なからずイメージを根源とした幻のようなものなのか。
恐怖は恐怖であると同時に、面白い。
 


養老孟司著 死の壁

2014/03/08

ドナドナ。

 
最近私は酔っぱらうと、ドナドナの歌を歌っては、周りの人に絡んでいる。
我ながらウザい。なぜこの曲を歌いたくなるのかは自分でもわからないが、
とにかく、インパクトのある歌であるからということは間違いない。

多くの人はこの曲を子ども時代に知ったと思うが、子どもに教える歌としては
ちょっと異色な、なんとも現実的で、暗く悲しい気持ちになる歌である。


♪  ある晴れた昼下がり 市場へ続く道
 荷馬車がゴトゴト 子牛を乗せてゆく
 可愛い子牛 売られてゆくよ
 悲しそうな瞳で見ているよ
 ドナ ドナ ドナ ドナ 子牛を乗せて
 ドナ ドナ ドナ ドナ 荷馬車がゆれる

今日も昼間っからワインを飲んでドナドナ歌っていたら、娘がインターネットで
「ドナドナ」の歌の由来と意味を検索し始めた。

 娘の検索結果によると、牧場から市場へ売られていく可哀想な子牛を歌っている
この歌は、ユダヤ人がナチスによって強制収容所に連行されていくときの様子を
子牛に見立てた反戦歌とする説があるらしい。そして「ドナドナ」とは、 
牛を追うときの掛け声であったり、「アドナイ」(ドイツ語で我が主よ)の
短縮形であるという説があるとのこと。

知れば知るほど、重く、物悲しい曲である。

会社でも、将来有望なのに、とある条件と引き換えに取引先にドナドナされるのではないかと噂されている社員がいる。

♪ 青い空 そよぐ風 つばめが飛びかう
   荷馬車が市場へ 子牛を乗せて行く
   もしもつばさが あったならば
   楽しい牧場に 帰れるものを
   ドナ ドナ ドナ ドナ 子牛を乗せて
   ドナ ドナ ドナ ドナ 荷馬車がゆれる




2014/03/04

とある複合家族の日常1。

先月の大雪の日は、娘の学校の授業参観日だった。
当日は娘の父親、つまり私の元夫が学校に行ってきた。

元夫は、私より26歳年上。良く言えば勝新太郎かロバート・デニーロ、悪く言えば
スターウォーズのジャバ・ザ・ハット似、そして良くも悪くもスケールの大きな御年62歳。
元夫とは10年前に離婚することになったが、その後もちょくちょく娘とも私とも会っていて、
家に夕食を作りに来てくれたり、新しい形態の家族となっている。

娘はパパのことを地味に愛しているのだが、勝新でデニーロでジャバな父親が授業参観に来るとなると、心境複雑な様子。でも、当日はクラスメイトに「パパだよ」と紹介して驚愕されながらも、パパが来てくれたことが嬉しそうでもあった。

やっぱり、パパというのは、スペシャルなんだな。
困ったところも立派なところも、ひっくるめてパパなんだね。

私には、パパのことを話すときの娘のぎこちない笑顔のニュアンスが、
痛いほど伝わってくる。

パパ、長生きしなきゃね。



 

2014/03/02

虫歯貧乏。



今日も歯医者に行って来た。

母の遺伝なのか、歯磨きが足りないのか、間食のし過ぎなのか、その全部なのか、とにかく私は歯が弱い。子どもの頃に歯列矯正をバッチリやったので、歯並びだけはいいのだけれど、虫歯になりやすいので、いつも歯医者に通っている。
しかし歯医者に通うと、貴重な土曜日が半日潰れるだけでなく、とにかくお金がかかる。。あとはもちろん、頭蓋骨内に工事現場みたいな振動が響き渡るし、痛いし、毎度緊張する。せっかくマッサージに行っても、歯医者に行けばパー。

本日は、セラミックのかぶせものを歯にカパッとはめて、ハイ10万円ちょい。
昨年は、歯を食いしばりすぎて薪みたいに割れた奥歯をインプラントにして、35万。
クレジットカード払いできたのは良いけれど、受付の美人歯科助手にいらぬ見栄を張って一括払いにしちゃったし。。。アホーーー 
その他にも、年間最低20回は通っているので、かかった医療費は相当なもの。

お金がかかるのはともかく、現代の歯科医療技術はなかなか素晴らしいので、昔の様に、虫歯が死につながったりすることは少なくなった。歯は、毎日使う大切な体の一部。そんな歯を、昔の人はどうやって治療していたのだろうか。

歯医者さんの待合室に置いてあったインプラントの紹介本に、衝撃的なことが書いてあった。なんでも、インプラント治療は他の人から抜いた歯(!)や貝殻(!!)を使って、縄文時代でも行われていたらしい。最初にチャレンジした人は、歯が原因で相当QOLが下がっていて、なおかつ恐ろしく勇気のある猛者であったに違いない。
気になって家に帰ってからも調べてみたら、日本の入れ歯についての記述を発見。それによると、安土桃山時代頃より仏像彫刻の注文が少なくなった仏師が、木製の義歯をつくることで生活の糧にしたのではないか、と言われているらしい。

歯は命の源。今日もしっかり磨いて、限界までリステリンで口内殺菌してから寝よう。
                                                             



歯の歴史博物館
http://www.fukagawa.or.jp/knowledge/history.html

HISTORY OF DENTISTRY
https://janeaustensworld.wordpress.com/tag/history-of-dentistry/

2014/03/01

仕事好きの歌

ディズニーの白雪姫に登場する、七人のこびと達。宝石の採掘の仕事を終えて家路につく際、こんな歌を歌っている。

♬ハイホー ハイホー 仕事が好き♬

うむ。私と同じだな。
でも私は退社時よりも、毎朝「今日もいい仕事ができます様に。ベストを尽くせます様に。」と念じながら出社する際の、仕事スイッチがオンになる高揚感の方がたまらない。

英語の歌詞はどうなってるんだろう。と…検索して愕然とした。オリジナル歌詞は

Heigh-ho, Heigh-ho

It's home from work we go♬

つまり「やれやれ、仕事が終わった、うちに帰ろう」という、くたびれた内容なのである。

しかも、ネット検索からわかったことは、日本語吹き替え版で歌われていた「仕事が好き」という歌詞はその後「声をそろえ みんな楽しく」に上書きされたらしいのだ。

いずれにしてもオリジナルとは全然違うが、なんで「仕事が好き」はフォーマットされてしまったのか。ディズニーの思惑が知りたい。

…残念です。







アレルギーフリーペット。

犬アレルギー、猫アレルギーの人に朗報?

アレルギーフリーの犬や猫の販売を行っている、米ライフスタイルペット社。

こんな不思議な犬や猫が生まれる仕組みは、数万匹に1匹の確率で生まれる、
犬/猫アレルギーの原因となるアレルゲンを持たない個体を掛け合わせるブリーディング。遺伝子操作ではないらしい。

気になるお値段は、本日のレートでニャンコ1匹883,544円!ワンコは1,870,744円!!

日本の一般的な住宅規格にはそぐわない巨大ヤマネコみたいなやつは、2,956,664円!!!それでも、世界中から注文が殺到しているとのこと。

自身や家族のアレルギーで犬や猫を飼うことを諦めていた人にとっては夢のような話

だが、犬1匹187万、猫1匹88万を高いと捉えるか、安いと捉えるか。

ちなみに私は、宝石や車を購入するよりも、10年以上生活を共にするアレルギーフリーの

猫を買いたい。
そして、この夢のような話が本当であることを信じたい。。

http://www.lifestylepets.com/

2011/08/04

復興支援ボランティア 事前オリエンテーション

宮城県石巻での復興ボランティア活動に参加するにあたり、事前説明会
(オリエンテーション)に参加してきた。


私が参加する国際交流団体NGOピースボートのボランティアでは、
参加者はクリーン、デリバリー、ストア、キッチンなる4つの作業グループの
いずれかに入り、作業に当たる。
「クリーン」は被災地のヘドロや漁業器具の清掃等、「デリバリー」は
物資運搬の配布、「ストア」は倉庫の管理や仕分け、「キッチン」は炊事、
といった内容だ。ある程度希望の作業を選べるが、デリバリーとストアは、
運転免許保有者のみ従事可能である。


私は当初、炊事係の「キッチン」を希望したが、必要人数に対し、数名多い
希望者が集まった。そこへ、眼力強めでテキパキとしたピースボートスタッフが
サッと現れ、希望者が一カ所に集められる。
腹の底から湧き出るかのような声、活力みなぎる眼光。This is NGOなのか。


「この中で、調理師免許を持っている方!」
 …誰もいないらしい。
「では、飲食店等で調理経験のある方で、現在も毎日料理されている方!」
 ここで、一名ふるい落とされる。しかしそれでもまだ人数が多い。
「なおかつ、料理の手際と腕に、自信のある方!」
 …ううっ、、やる気はあるが実力にあまり自信が無い私は、ここで脱落。
「ありがとうございます!チームメンバー、これで確定です!」
 パチパチパチ


というわけで、私は「クリーン」に所属する事に。
仕事内容は、家屋の泥を掻き出す作業、カキやホタテの養殖網の修復作業の
手伝い、被災者の避難先で、寝具のダニを除去する作業等。被災者も、頻繁に
布団を干したりできない場所で、もう5ヶ月も暮らしているのである。


家屋からかき出す泥(ヘドロ)は、津波により海底からうち上げられたもので、
重金属、汚染物質、雑菌などの温床。皮膚に付着したり、乾いて粉塵化したもの
が目に入ると、たちまち感染症を起こすらしい。
作業の際には、真夏でも長袖長ズボンの上に防水ウェアを上下着て、ゴーグルに
防塵マスクに分厚い作業グローブ、踏み抜き防止の鉄板入り長靴、帽子か
ヘルメット着用で作業に当たるという。


また、いまだに大きめな余震が発生しているので、津波がくる危険性、
亀裂などが入っていた家屋が倒壊する危険性、つい数日前には1時間当たり
10シーベルト(1万ミリ・シーベルト)以上もの高い放射線を検出した
福島第一原発の状況が、一気に悪化する危険性もある。


…1997年にロシアの重油タンカー、ナホトカ号が座礁し、福井県三国沖に流れ
着いた重油を撤去した際も重装備で作業に当たったが、あれは厳冬期の日本海の
強風が厳しかった以外、余震や放射能や津波の心配などはなかった。
むしろ、一心不乱に牛のウンコのような重油をスコップですくっては袋に入れる
作業がツボにはまり、若干トランス状態になっていたし、被災者の方たちも、
大変な状況ながらもまだ笑顔があった。
今回はよりいっそう緊張感を感じ、武者震いがする。

たった9日間の参加とはいえ、リスクが無い訳ではない。
放射能を浴びたくはないし、何よりまだ死にたくないので、恐ろしくないと
言えば嘘になるが、そこにはまだ大勢の人が住んでいるのだし、
必要な作業も山積している。

ボランティアの参加者に配られた冊子の中の「現地派遣ボランティアの心構え」の
中に、こんな項目があった。

「被災者の方々の多くは、家を含め財産全てを失われたり、肉親を亡くされたり
しています。しかも避難所では、過酷な環境の中5ヶ月以上も共同生活を
強いられています。被災した方々のお気持ちやプライバシーに十分配慮し、
マナーある行動と言葉づかいで支援活動に参加してください。
また、被災者の方々に対する過度の同情や、押しつけがましい励ましは慎み
ましょう。被災者の方々のお話を真摯に聞き、そのお気持ちを理解する事が、
支援活動の基本です」

いよいよ明日の夜、出発。

「小さな親切、大きなお節介」にならぬよう、気をつけようと思う。

2011/08/03

わたしのにゃんこ

まだ幼稚園生だったころ、NHKみんなのうたで聞いて、
強烈に印象に残った歌がある。矢野顕子の「わたしのにゃんこ」。
思えば私の矢野顕子熱も、この頃からすり込まれて発症したのかもしれない。


学校の帰り道で捨てネコを見つけるも、家では飼えないので、
友達と給食を持ち寄り、みんな飼う事にきめる。
しかしある日、ネコは消えてしまう。(給食の残りを持ってくるくだりは、
みんなのうたのなかには収録されていない)


似た経験をした人も、多いのではないだろうか。


初めて会ったネコを「私の友だち、ちいさな友だち」と愛おしむ心、
家では飼えないけれど、給食の残りで育てようとする子供心、
突然いなくなったネコを必死に探す子どもたちの胸の内、
行方のわからないネコの幸せを案じる気持ち、全てが凝縮された、
矢野顕子の珠玉の1曲。



「わたしのにゃんこ」


作詞作曲 矢野顕子 
編曲   坂本龍一


いつもと同じ帰り道
オー にゃんこ
可愛い鳴き声 聞こえる
オー にゃんこ


どこからきたの?
誰かを待っていたの?
わたしのともだち 
ちいさなともだち

給食の残りのコロッケあげる
冷蔵庫からアジの干物あげる
うちじゃ飼えない
ママに叱られるから 

わたしのともだち 
ちいさなともだち


ようこちゃんもしんじくんも来たよ
わたしたちみんなで飼うって決めた


知らない街の
はなしを聞かせてよ
わたしのともだち 
ちいさなともだち


いつもと同じ帰り道
オー にゃんこ
おまえの姿が見えない
オー にゃんこ


みんなで探す 夕焼けが消えるまで
わたしのともだち 
ちいさなともだち


幸せでいるの?


わたしのともだち

2011/08/02

ボランティアに参加したくなったワケ 

東日本大震災の復興ボランティア活動に、参加する事にした。


失業して、はや2ヶ月。


忙しく働いていた頃には、休みが取れたら英語とフランス語の
集中講座に通おうとか、家中片付けて綺麗にしようとか、料理教室に行きたいとか
あれこれ考えていたのに、いざ連日ヒマになると、エンジンがかからず鬱々。


家の中で三十路過ぎの女がウダウダしているというのは、連日朝から晩まで
働いている彼にも、一応水泳とか習字とか頑張っている娘にも、申し訳が立たない。
なにより私自身も、スッキリといい気分になれず、胸くそ悪い。


こんな生活を続けていたら、あっという間に精神と肉体がブヨブヨになって、
彼にも捨てられ、娘も非行に走り、私は永遠の社会的不適合者になるやもしれん…
などと、飛躍した強迫観念すら頭をもたげてくる。
実際、ヒマとエネルギーを持て余し、情緒不安定になっている。


自分のグータラ加減に嫌気がさして、という参加動機もかなりお粗末なのだが、
そう遠くない場所で、古今未曾有の大災害で困っている人が沢山いるのだから、
この際、被災地で働いて来よう、と思い立った。


いあ、今までも、ツイッターや各種メディアを通じ、臨場感溢れる現場の状況を
聞いたり、液晶画面や紙面を通じてみる被災地の映像を見て、自分自身の 
“傍観者加減” に歯がゆさを感じていたというのもある。


なんせ私の日常の中では、牛乳や魚介類の購入を控えたり、節電を心がけたり
するくらいで、家も全く壊れていなければ、水道も電気もちゃんと通っており、
日常生活になんら支障はない。
テレビや新聞を通じて悲惨な被災地の状況を見たり、節電等はしていても、
私にとってやはり、東北の惨状はどこか「人ごと」なのである。


自分の中にあるその「自分には関係ない」的な感覚が、嫌だった。


「立派な人になりたい」といういやらしい欲望の現れなのかもしれないが、
なんだか、とにかく、ものすごく嫌だった。


ただ、自分も子どもが居るのに、いつまた余震や津波が起こるかもわからず、
場合によってはタップリ被爆の可能性もある場所に自ら出向くというのは、
無責任なのかもしれないとも悩んだ。…でも、行きたい。
娘には申し訳ないけれど、行かなかったら将来後悔しそうな気がする。
将来私がおばあさんになった時「あの時、行っておけば良かった」と思うのは嫌だ。

嘘か本当か2ちゃんねる発祥らしい「やらない善よりやる偽善」というフレーズも
脳裏に浮かんでくる。。。

決めた、行こう。
行って、思いっきり作業に当たってこよう。
無責任で独りよがりな自己満足かもしれないけれど、行かせて頂きたい。

善は急げと、被災地に取材に行っていた友人に意見を聞いたり、ネットで調べたり
して、某国際交流NGO団体が主催している、ボランティアツアーに参加する事にした。


参加条件を見ると、余震・津波・家屋の倒壊などによる怪我、そして放射能汚染の
リスク等の側面からしても、決して安全な場所ではないので、その点もふまえた
上で、家族の同意を得てから参加するように、という項目がある。
早速ビビるが、まあ、当然必要な事だろう。


ツイッターを通じて、ボランティアに参加した人々から、装備品の
アドバイスなども届く。知らない人とつながれる瞬間は、いつも嬉しい。


参加日程も決まったので、次はオリエンテーションに参加してくる。

こどもの意見

お母さんが地方で公演中の女の子2名を、うちでお預かり。
娘の親友で、おしゃまで美人な小学校3年生と1年生。


私は最近、自分の子が海外に行っており、母パワーを持て余し気味だったので、
子どもが2人も家に来るとなると、まるで孫が遊びにくるお婆ちゃんの様な心境。
買い物にくり出し、食材を選びながら、ラザニアを作ったら喜んでくれるかしら
とか、お風呂は泡風呂にして水鉄砲も用意しておこうとか、どうにもこうにも
ワクワク感を抑えきれない。


お客様達を学童にお迎えにいき、泡風呂で1時間ほどはしゃいで頂いた後、夕食。
3人で食卓を囲みながら、いつの間にか話題は、私と彼との関係および、
子連れ国際再婚の詳細に及んだ。(年齢に関わらず、女が数人集まると、
大抵スリリングな話題が出てくるものだ)


私は現在、前夫との間に生まれた8歳の娘と、カナダ人の彼と3人で暮らしている。
彼とは来年入籍する予定なのだが、そのことについて小1のお客樣、実ににこやかに、


「でもさ、前にも離婚してるから、また結婚して離婚することになったら
ヤバいよね!!」


ぬぬぅ。それは確かにマジヤベーよ。


小1のくせに、ピンポイントでイタいところを突いてくる。
子どもに指摘される事柄は往々にして、大人も思ってはいても口に出せない内容で
あることが多いので、大変貴重な指摘である。ちなみに、うちの玄関周りは
ゴチャついているので、片付けた方がステキになるという鋭いご指摘もあった。


当然、子連れ再婚であろうとなかろうと、離婚するような状況になることは避けたい。
ただ離婚とは、せずに済めばそれに越したことは無いが、
それぞれがより良く生きていくために、必要な場合もあったりする。


「離婚は悲しいけれど、離婚してからの方が、仲良くできる事もあるんだよ。
でも今回は離婚するような事にならないように、新しい旦那さんを大事にするよ!」


…大量生産の食パンの様な回答で申し訳なかったが、
子どもたちは、ニコニコとしながら「うん!」と答えてくれた。


あと十数年もすれば、この子たちも、こういう話がよりリアルに
わかる様になるのかな。わかる様になる頃には、今より
楽しい事も悲しい事もいっぱい経験しているのかな。


そんな事を考えながら、おかわりのラザニアを取り分ける。
小さなお客様方は、「おいしーい!」と満面の笑顔で連呼して、沢山食べてくれた。


しなやかな優しさと強さを持った、素敵な人に育っておくれ。
二人の笑い顔が、夏の朝、水を浴びて輝くカラウスリの苗木のように見えた。





2011/07/27

ストリップショー、見た。

昨夜、国内に現存する中では最大手かつ最古参のストリップ劇場
「浅草ロック座」にて、生まれて初めて、ストリップショーを鑑賞。


きっかけは、過去に渋谷のストリップ劇場の前を通りかかった際、
色っぽいお姉さんのポスターや演目(ストリップでは香盤表というらしい)を見かけ、
純粋に「一度は見てみたい!」と思ったこと。以来、なんとなく気になっていた。
美しいものは、何でも見たい。どう感じるかは見てみないとわからないが、
気になるものはとりあえず、何でも見ておいて損はないだろう。
ただ、一人で行くのは気遅れするし、無論子連れで行ける様な場所でもないので、
娘が旅行に行っている間、彼を誘って一緒に行く事にした。


私にいきなり「ストリップ見に行こうよ」と誘われた彼も最初驚いてはいたが、
願ってもいない内容のお誘いだったのか、嬉々として即OK。
善は急げ?と、その日の内に見に行く事に。


浅草ロック座は、つくばエクスプレス浅草駅のすぐそば、意外にもイカガワシゲではない観光客の往来も多い場所にある。仕事を終えた彼とお好み焼き屋で落ち合い、
まずは腹ごしらえ。ワクワクし過ぎて、お好み焼きも生焼けのままバクバク平らげ、
劇場へと急ぐ。


緑のネオンを目印に、劇場に到着。パルコのような、虹色のロゴの店名がデカデカと
掲示されている。ウィキペディアによると、規模も清潔さも歴史も日本一との
説明だったのだが、脚を踏み入れてみると、


うーむ。。


建物は、古い。さらに玄関にひしめく造花のフラワースタンド、客と目を合わせず黙々と
仕事に当たっている受付の男性、昔バイトをしていた大井競馬場を彷彿とさせる
お客樣方、狭いホールの壁に、所狭しと貼られたポスターやビラ、たちこめる
タバコの煙、、、正直うらびれ感は否めない。
日本一といえども、日陰の産業ということなのだろうか。
でも、このうらびれた感じがエロさを際立たせていて、良いのかもしれない。


劇場内は、舞台から中央に一本の花道がのびており、その先端に円形の
回転ステージがある。回転ステージの真ん前の席に陣取り、コンタクトレンズを
しっかり両目に入れ、飲み物も購入して、いざ開幕。


ショーはレビュー形式で、それぞれの「景」を飾るメイン出演者の他、
バックダンサーがステージを彩る。この日は7人の踊り子さんが出演するので、
7景で1公演。ちなみに入れ替え制ではないらしい。


150席ほどの劇場に、40名ほどの観客が入っている。
一番遅い時間の公演だからなのか、サラリーマン風の人もいるが、中年男性、
おじいちゃんの方が目立つ。男は死ぬまでエロなのか。


冒頭に披露された海賊とお姫様の寸劇?は正直理解に苦しんだが、
その後繰り広げられた踊り子さん一人一人のステージは、プロの気迫を
感じさせられる、実に素晴らしい内容だった。演歌歌手のような、焦点が
定まらない色っぽい目線の運び方、指先まで神経の張りつめた嵶やかで女らしい仕草。
男性の目線基準ではあるだろうが、「女らしさ」たる放射線の様なものが
舞台全体から発せられ、このうらびれた劇場全体を満たしている様だった。


音楽に合わせ、私には到底マネできないしなやかな動きで、徐々に服を
脱いでゆく踊り子さん。すぐ目の前なのに、別世界の人の様な、浮世離れした雰囲気。
脱いで行くプロセスが程よくじれったい。ロングのスケスケ衣装の見えそうで
見えない加減、サラサラと流れる髪の動きも、艶かしさを引き立てている。
観客のじれったさ度合いがメーターを振り切りそうになるタイミングで、
踊り子さんが目線を下に落としながらパンツを脱いでくれるのだが、脱いだ後は皆、
電光石火の早業でパンツを手首に巻き付けるか、ブーツに押し込むか、
ひもパンであれば片方の脚にシッカリくくりつけるかしていた。
不届き者がステージに近づき盗んだり、ステージを散らかさないための工夫なのだろうか。


回転ステージに上がり、スポットライトが当たると、沸き起こる拍手。
彼女達の妖艶な微笑みが、劇場の空気を左右しているのが伝わってくる。
それぞれの踊り子さんは、女神のような神々しい輝きを放ちながら、音楽に合わせ
猫類の様にしなやかに動き、ポーズを決める。
思わず「カッコいいーー・・・」と溜息が漏れた瞬間。


私は特に、森下理音さんのショーに吸い込まれそうになった。
HPの写真やポスターより実物の方が遥かに美しく、その圧倒的に女らしい存在感に、
心揺さぶられずにはいられなかった。
AV女優と兼業されているらしいが、ストリップは女優のプロモーション活動でも
あるのかな。でも、流石ストリッパーとして7年ものキャリアが在る彼女、
見事な舞台だった。


相当鍛えていないと、10センチ位ありそうなハイヒールであんな動きはできないし、
第一あそこまでの気迫は出せないだろう。
ポーズが決まる度に、拍手が沸き起こる。歌舞伎の様なテープを
じゃんじゃん投げる者もいる。


仏頂面で食い入る様に見ているオヤジもいれば、幸せそうな顔で
うんうん頷いているおじいちゃん、絶妙なタイミングでステージに近づき、
花束やプレゼントを渡すファンもいる。
花束などを渡した後に、速やかに踊り子さんと握手する瞬間、彼らは日本人らしい
無表情をキープしつつも、肩全体から嬉しさと照れ臭さが滲み出ていた。


男の人って、ホント憎めないよな。
男の人の純粋さ、可愛さを垣間みた気がした。


もちろん、踊り子さんによって肉体のスペックも異なるのだが、私はそれ以上に
個々が醸し出しているオーラ、まなざしの奥に見える様な気がする優しさ、悲しみ、
寂しさ、妖艶さ、プロ意識、プライド、そういうものが面白かった。


女のまなざしの奥に「見える様な気がする」もの。これこそ、世の殿方の
センチメンタリスムを鷲掴みにするファンタジーであろう。


女も女として生まれてきただけで、女らしく有れる訳ではない。
「女らしさ」とは、肉体と精神を磨き上げて初めて、滲み出るものなのだろうか。


ストリップショーは、是非女性も見に行った方が良いと思う。
こんな素晴らしいスペクタクルは、もっともっとメジャーになって、女性同士でも
見に行けるくらいのノリが生まれれば良いと思うのだが、ネット上で氾濫する
アダルト情報に圧されているのだろうか。


生身の女の肉体は、問答無応に美しい。
大きな胸ではなくても、扁平尻でも、女には個々に備わった美しさが在る。
私は残念ながら(?)同性の肉体に欲情はしないが、ここには魂を揺さぶられる
絶対的な美しさが在った。


浅草ロック座、より掃除(特にトイレがバッチイのは頂けない)とマーケティングに
力を入れ、花屋やイベント会場等ともタイアッププロジェクトを行い、
プロモーション面でもanan等の若い女性向けファッション雑誌、テレビなどでも
取り上げられる様になれば、この業界のポテンシャルがより引き出されるのでは
ないかと思う。AV女優からタレントに転向する者もいるのだから、
ストリッパータレントというのが出ても良いかもしれない。


とにかく、百聞は一見に如かず。
行って損なしストリップ、であった。


帰りの電車内、ポールダンスを披露してくれた美人で小柄な踊り子さんを見かけた。


夜中なのにサングラスをかけ、イヤホンで音楽を聴き、まるで世間との間にバリアを作っているかの様な彼女は、これからどこに帰り、何をするのだろう。
家で待ってくれている人は、いるのだろうか。


人もまばらな深夜の電車内。
携帯電話を片手にダラリと腰かけていた彼女は、下車駅のドアが開くと
すっくと姿勢よく立ち上がり、足早に駅構内に消えていった。




浅草ロック座HP
http://www.rockza.net/asakusa/index.html







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